巻頭言のように

 彼とはじめて出会ったのは深夜バスの中だった。


 大学のサークルをやめたばかりで、とにかく呆然としていた。なんせ四年ものあいだサークルのことばかりを考え続けていたのだ。私は疲弊しきっていて、何ならソシャゲにすら触れる精神的余裕がなかった。オーケストラにいるくせに私自身は文化から遠く離れていて、ほぼいつも何かがつらくて呻いていた。

 兼部していた文芸サークルのほうで映画を観ることくらいはあった。心に余裕があるときには何かコンテンツを好きになったりしたことだって何度かあったはずだし、小説の創作だって年に二本くらいは短いやつを仕上げていた。

 でもその頃のそういったことは全て、楽器の練習をするはずの時間を削ってやっていると思っていた。四年も経てば、なけなしの技術だけ残して私はすっからかんになった。


 部活を完全にやめる直前にあるアニメにハマった。熊が三匹出てくるアメリカのカートゥーンで、特にシロクマのキャラクターが好きだった。

 いま思うといわゆる「夢」的なハマり方をしていた。ものすごく忙しい時期だったし、私はかなり擦り切れていた。

 絶対に五メートル離れた電子ピアノまで這っていって練習しないといけないのに、身体が動かない。そんな時には彼の名前を呼んだ。ものすごく危険なハマり方だと思う。

 彼は料理もできて、ピアノも弾けて、掃除ができた。なけなしのやる気を振り絞ってピアノを練習したあとは、彼にほめてもらえる自分を想像しながら布団で呻いていた。


 ずっと小説を書いてきたのに自分でもよくわからない理由で絵を描きたくなった。彼の身体のフォルム、カートゥーンらしくデフォルメされたかたちが好きだった。

 折良くiPadを買ってもらえることになって、それで2次創作漫画を描いた。どうせなら同人誌にして売ろうと思って、描きはじめる前に同人誌即売会にスペースを取った。何とか間に合って、即売会にはじめての同人誌を出すことができた。

 それで、私はまたすっからかんになった。


 それからしばらくして、私は深夜バスに乗っていた。

 部活の友人たちと東京で遊ぶ約束をしていた。後輩が取ってくれた東京行きのバスには、座席ごとにカーナビのようなものが付いていて、消灯後も映画やアニメを観ることができる仕組みになっていた。

 映画を観る習慣はなかった。たくさん映画を観ている友人を観て羨ましいな、と思いこそすれ、自分にそれができる気はしなかった。でも今は観ないと勿体ないな……そう思いながら、タッチパネルをスクロールしていた。

 

 まず『ニンジャタートルズ』を観た。アメリカ産の3Dアニメにハズレはないだろうと思ったからだ。そのざっくりとした判断は当たり、楽しかった。

 観終えてしまってから、さて、と私は考えた。観ているうちに眠くなるかと思っていたけど全然眠くない。到着時刻を考えてももう一本くらいは観れそうだ。

 なんとなく吹替洋画のリストをブラウズした。

 そこには『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』があった。

 何の予備知識もなかった。ああ、有名タイトルだな、とか、このシリーズの何本目か忘れたけど先輩が褒めてたな、とか、その程度のことしか知らなかった。

 アクション映画ならきっと、退屈しないだろう。いや、寝たって後悔しないかもしれない。

 そんな気持ちで、再生ボタンを押した。


 カーナビの画質はそれ相応に粗く、グラデーションなんかは黎明期のCG絵よろしく段々になってしまう有様だった。

 それでも構わず観続けた。トム・クルーズがロシアの監獄から救出される(お、サイモン・ペッグが出てきたぞ)──クレムリンに潜入する(何だこのおもしろガジェットの応酬は)──警官に追われる(車はクッションにならないんじゃないかなあ)──

 そして、彼が現れる。


 どのシーンで心を奪われたのかはよく覚えていない。あの映画の彼はいいシーンが多いから。登場シーンがなかなかいいし、分析官のふりをしていたのにうっかり乱闘しちゃうところもいいし、頭が固そうなところもいいし、エージェントをやめたきっかけを独白するシーンもいい。ストレッチは当時どう思ったかわからない。

 確かなのは、かっこいい、と素直に思ったことと、観た後に『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』のWikiに飛んですぐに名前を調べたこと──その名前はすぐに忘れてしまった。でも数ヶ月後に大学生のうちに映画を集中して観ようと突然思い立ち、もう一度『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』を観て以来、彼の名前はジェレミー・レナーで、私がはじめて好きになった俳優で……

 何かを好きでいていいんだ、と思うようになった。俳優を。画面の向こうにしかいない男性を。顔がかっこいいとか、身体がかっこいいとか、それだけの理由で。フィジカルな面からその俳優としての仕事まで、全部ひっくるめて、好きでいていいんだ。私にはそれができるんだ……そう思うようになった。そう思うようになったことで、多分、ある種の夢を見ることはなくなった。

 彼の仕事を余さず観ることからはじめようと思った。それから色々あって、六人もの協力者を得てレナーの映画ぜんぶレビューする本を作ることになって、経験値がないといいレビューが書けないという焦りで映画を観るようになったり、その過程でいろいろな俳優や監督が好きになっていったり、色々あった。

 

 あのときもしも、車中で何か違うことをしようと決めてカーナビを起動しようともしなかったら。『ニンジャタートルズ』の途中で寝ていたら。二本目に別の映画を選んでいたら。私の人生にはなにも起こらなかったろう。

 でも私は再生ボタンを押した。

 それは、人生を変えるひと触れだった。


 出会ってから一年。彼の名前を覚えてから半年。

 全てが、あの深夜バスの中、あのひと触れから、ここまで続いている。