ゲイセクシャル男性のあなたは、漫然とYouTubeで動画を流しながらTwitterをしている。見たいと思った動画が終わった後も、あなたは次に見る動画が流れるに任せ、画面をスワイプし、5秒後には何がよかったのかわからなくなるツイートにいいねをし、誰に見せたいというわけでもないのにリツイートをしている。
そんなあなたの目を突然、日本のアニメにはない極彩色の色彩とキャラクターデザインの映像が釘付けにする。
陽気な歌が流れる。
| (• ◡•)|🎶行ってみよう ぼくらと今🎶(❍ᴥ❍ʋ)
| (• ◡•)|🎶アドベンチャーの 国へ🎶(❍ᴥ❍ʋ)
| (• ◡•)|🎶ジェイクとフィンは 大親友🎶(❍ᴥ❍ʋ)
| (• ◡•)|🎶冒険だよ アドベンチャータイム🎶(❍ᴥ❍ʋ)
アメリカのカートゥーンね、と相好を崩しながら、あなたはそのアニメを見物する。
妙に手脚の長い人の子フィンと身体が自在に伸びる黄色い二足歩行の犬ジェイクが現れる。二人はおとぎの国の宮殿でプリンセスの科学実験によって蘇らされたゾンビたちに対処し、算数の問題を解く。
「パジャマパーティ……」
イメージと色彩の暴力的な奔流があなたの思考を麻痺させる。あなたは、自分の好みではない、と思いながらもつい関連する動画を見てしまう。あなたは吹き替えを煩わしく思い、原語で無料公開されているクリップを漁り始める。
そして、あなたはついに意地悪な吸血鬼マーセリンが二人の家を追い出そうとする回を見てしまう。
吸血鬼を追い払った犬が歌う。
I saved my bro
from a scum sucking vampire!
Ha ha ha ha ha!
あなたの耳には単純な1音節の言葉しか残らない。
あなたはその動画を何度も繰り返す。その歌の部分だけ何度も見る。bro。 b, r, o...。舌先が口蓋を舐め、そのまま行き先を喪失する。その虚無の感覚を幾度も味わううち、あなたの思考はいつしか目の前の動画を離れ、過去へと彷徨いだす。
あなたは幼少期こそ同性の友人と屈託なく仲良くできていたかもしれない。あなたはフィンで、あなたにもジェイクがいたかもしれない。
でも同性の友人と素直につきあうことができなかった思春期は。自分がゲイセクシャルかつオタクでありありとあらゆるホモソーシャルから放擲された存在であることに気付いた大学時代は。職場での当たり障りのない会話以外、人と喋る機会すら失い、Twitterで年に1度会うかどうかの人々と仮初めのコミュニケーションをするばかりの日々を過ごす今は。
あなたは孤独を痛切に感じる。
得たこともなければ失ったこともない“bro”を思って胸を詰まらせ、膝の上に置いていたIKEAのサメを抱きしめる。
あなたのこれまでの人生は救われることがない。あなたにはないものばかりがある。ジェイクやグリズ(別のカートゥーンだ)のような“bro”はいない。学校で友人にゲイであることがうっかりバレたりはしない。『モーリス』や『君の名前で僕を呼んで』のような身を裂くような失恋もしない。恋人がエイズで亡くなったりもしないし、誰かと誰かの仲をスマートに取り持つゲイの友人にもならない。
あなたはベッドに這い登り啜り泣く。
そういう清濁を併せ飲んだあくる日、あなたは街を歩いていて突然「ブロマンスやさん」の看板を見かける。
何度目を擦っても「ブロマンスやさん」と書いてある。
興味のないフリをして前を通り過ぎ、近くのスターバックスでコーヒーが冷めるまで「ブロマンスやさん」のことを調べる。
それは、この世のありとあらゆる健康的なブロマンスを体験することができる店らしかった。訪うものは老若男女誰もが2秒でbro呼びされる。あらゆるシチュエーションが用意されている(いちばん人気はクラスメイトという設定で、最終的に恋バナをされるらしい)。とにかくデカチン力(big dick energy)が強そうなキャストがいっぱい揃っている。
「失われた青春を取り戻すことができました」
「明日を生きようという気持ちが湧いてきました」
「私はここに来るといつも、自分の人生に必要だと思われるセラピーを受けているという気持ちになります。あなたも気持ちになりましょう」
あなたは何時間も逡巡した末に、店の近くに立っている。いかがわしい店の並ぶ通りであることを改めて意識する。
迷っているとドアが開いて、キャストの一人が別の客を送り出す。あなたは目を背けようとするが、キャストはあなたの存在に気付いていて、微笑みを寄越す。
あなたはそのキャストが学生時代の初恋の人にどことなく似ているように思う。
キャストは肩を組んできて、あなたを中へと誘う。
そして、あなたは全てを手に入れる。
そこには全てがある。
oの発音をしたあとの舌はみなここへと至るのだとあなたは理解する。
あなたは目覚める。
夢に見た「ブロマンスやさん」のことも、あらかじめ失われていた初恋のことも、あなたは思い出せない。ただ、あの「理解」の残滓だけが感じられるばかり。
あなたは眠い目を擦りながらスマホを取り上げてAmazonを開き、ジェイクのぬいぐるみをお急ぎ便で購入する。
あなたは二度寝をする。
*
バングラデシュのお医者さんがうちにやってきて「仕事辞めたらうちの村においでよ、だれも何のルールにも従わないし人生がシンプルに思えてくるよ、仕事も結婚相手もぼくがさがしてあげるよ」と言ってくれた 宗教上いかん気もするが男の子と結婚させてくれるなら考えちゃうな……
— 暴力と破滅の運び手 (@violence_ruin) 2021年8月18日
broって言われたの初めてすぎる
— 暴力と破滅の運び手 (@violence_ruin) 2021年8月18日
バングラデシュ、同性愛が犯罪でバレると10年以上の投獄もしくは終身刑に処されるらしい
— 暴力と破滅の運び手 (@violence_ruin) 2021年8月18日
I will find you your job, and I will find your wife! I look after you, bro! という言葉が私の耳朶を打った(pixivのエッチ・ボーイズラブ・ノベル以外で見ない表現)瞬間、私の脳はありとあらゆる記憶、生まれてから今までのブロマンス鑑賞体験、この世界の真実、全て──で満たされ、これまでの人生は全てフェイクであり、義務教育で英語を学ぶ意味を理解し、この感覚だけが本物であるという気持ちになりました。
ブロマンス専門店(何?)があったら廃課金してしまったかもしれないし、世界にそういうお店がないこと、また私にその邪悪なヴィジョンを実現する実行力がないことのありがたみと優しさを感じます。いや、ブロマンス専門店で破滅する人間、見たいけど……